丁寧な生活ブームの後に続くものは

一昔前、「丁寧な生活を」ブームが来て、みんなが朝から豆を挽いてコーヒーを淹れ、リネンの服を着て、季節の手仕事を慈しむような流れがあったと記憶しています。その丁寧な生活が定着したのでしょうか、あの「キラキラした静寂」のような空気感は、今では少し懐かしく感じられます。

「丁寧な生活」ブームが去ったあと、今は何ブームなのかGeminiに問うてみた。

Geminiの答えは以下の通り

1. 「タイパ(タイムパフォーマンス)」と効率化
「丁寧な生活」が時間をかけることを美徳としたのに対し、今は「いかに無駄を削ぎ落とし、自分の時間を確保するか」に重きが置かれています。

家事の自動化: 丁寧な手仕事よりも、ロボット掃除機や食洗機、自動調理鍋を駆使して「自分の自由時間」を生み出すことが賢いとされる時代です。

情報の取捨選択: 倍速視聴や要約サービスの流行も、この流れの一部ですね。

2. 「マインドフルネス」から「メンタル管理」へ
かつては「丁寧な暮らし」を通じて心を整えていましたが、今はもっと直接的に、科学的・合理的なメンタルケアが注目されています。

「書く」ブーム: ジャーナリングや「書く瞑想」など、自分の感情を言語化して客観視する手法が人気です。

デジタルデトックス: 丁寧な生活をSNSで見せることに疲れた結果、あえて「繋がらない時間」を作る、SNSから距離を置くという動きが強まっています。

3. 「界隈」の細分化とソロ活
以前は「みんなが憧れる一つの正解(丁寧な暮らし)」がありましたが、今は「自分が心地よければ、それでいい」という、極めてパーソナルな満足感が重視されています。

推し活: 誰かのためではなく、自分の「好き」に全振りするエネルギー。

ソロ活: 誰かと丁寧な時間を共有するより、一人でサウナに行ったり、キャンプに行ったりして、自分を「整える」こと。

4. 「クワイエット・ラグジュアリー」と実利
ファッションやライフスタイルにおいて、ロゴやブランドを誇示するのではなく「自分だけが知っている質の良さ」を好む傾向があります。
また、単なるおしゃれではなく「NISA」や「ポイ活」といった、非常に現実的で「実利(おトク感)」を伴う生活防衛的な動きも、今の大きなブーム(というより必須科目)と言えるかもしれません。

とのこと。

タイパは昔からあったように思うけれど、最近生まれたムーブメントのよう。

10年前のブームが「理想の自分を演じるための演出」だったとしたら、今は「過酷な現実をサバイブするための調整」へとシフトしているように感じられます。

「丁寧」という言葉が少し重たくなった分、もっと「自分に甘く、効率的に、でも機嫌よく」という、ある種のリラックスしたフェーズに入っているのではないでしょうか。

今日もまた平和な朝を迎えられた

このブログの連続投稿日数が205日になった。

最初は連続投稿100日を目指して一生懸命毎日ブログを書いていたけれど、100日を越えてからあんまりブログを投稿するのが苦ではなくなったような気がする。内容はともあれ、ここまで毎日ブログを書き続けることが出来て本当にすごいと思う。我ながら。

ブログの連続投稿日数が205日ということは平穏な朝を205回重ねられたということでもある。子どもの発熱や自分の体調不良などもなく毎日無事に朝を迎えられたということだ。(実際には自分の発熱が2回くらいあったけれど、具合が本格的に悪くなる前にブログを書いていた)毎日無事に朝を迎えられるということは本当に素晴らしいことだと思う。一日一日の積み重ねが大事だよ、とよく言われるし耳にすることだけど実感することはあまりなかったように思う。

こういうコツコツ何かを続けることが苦手だと思っていたけれど、これはもう胸を張って「ブログを毎日書いています」と言ってもいいと思う。これからも出来る限りこのブログを続けていきたいと思います。

これも何かのチャンス

最近毎朝のルーティンを少しだけ崩してInstagramのリール動画を撮るようになりました。朝起きて10分で最低限の身支度をし、リール動画の撮影をしています。

リール動画の撮影、特に自分の声を録音するのなんて鳥肌が立つくらい最初は「無理~!!!」と思っていたけれど、慣れとはすごいもので今ではすんなりと録音できるようになりました。うん、慣れってすごい。

実は去年の7月からスタンドエフエムでラジオを配信していたこともあってその経験がが今のリール動画の編集に役に立っています。

スタンドエフエムのラジオ番組は「しゃべる練習に」と思って始めましたが、自分で自分の好きなことを話するというのが意外と面白く、楽しく収録出来ていました。でも聞いている人が楽しいか?と言われればそれはまた別問題で「話で人を惹きつける」というのは奥深いなぁと思う次第でした。もっともっと勉強の余地ありそう。

何はともあれ、これまでの経験というのは何一つ無駄なものはないんだなぁと思ったり。これも何かのチャンス、そう思いながら行動していきたいですね。

温泉で癒される

昨日は子どもと一緒に女川に遊びに行った後、家族で家の近くの温泉に行った。

温泉はいいよね。ここ最近いろんな温泉に巡るのが家族の中でのブームとなっていて、この1ヵ月の間にいろいろな温泉に行った。

お湯が熱い温泉もあれば、ぬるい温泉もあるし、水質がトロトロしてる温泉もあればさらっとした温泉もある。色もそれぞれ楽しめるのが楽しい。

個人的に温泉の1番の魅力は帰ったら何もしなくてもいいと言うところ。(子どもをお風呂に入れるのはそれはそれは大変だもの)昨日は午後に出かけていって、午後5時ぐらいに帰ってきてそのままご飯を食べ、本来ならあるお風呂に入る時間がなかったので自分の時間がたっぷり取れた。体はその間もポカポカとしていて、夜もぐっすり眠れた。

大地の恵みってすごいよね。

昨日は露天風呂で半身浴をした。風が体に当たるのが気持ちよかった。

肌は1番面積の大きい臓器らしい。肌にもきちんと風を当てたりして気持ちが良いとか、そよ風が当たるなんて言う刺激を与えるのが良いと何かで見てから、温泉に行ってから露天風呂で半身浴をするようになった。

日本ていいよね。1時間位車で走ると。とりあえずどこかの温泉にも入れるのだもの。昨日行った温泉は施設もデザインも素晴らしかった。(すごく混んでいてどこに行っても待ちだったけれど)今度1人でも行ってみようと思う。

お風呂上がりに100円でブルーベリー酢が飲めるのも良かった。なみなみに注いでくれてお得感もあった。

お料理教室で見えた私の衛生観念

昨日はネパールカレーを作る料理教室に行ったんだけれど、鶏肉をそのままの手で触って洗いもせずいろんなところをベタベタと触っている参加者がいてすごく気になってしまって会の序盤で「あぁ、なんか今回はもう楽しめないかも」と悲しい気持ちになってしまった。

私が神経質で不安症なだけかもしれないけれど、鶏肉にはカンピロバクターという食中毒を引き起こす菌がいる。その菌は鶏肉にほぼ100%付着しているという。

その参加者は鶏肉を触った手でサラダに使う野菜などもベタベタと触り「もう終わった・・・」と落胆する私。気にしすぎなのかしら。

思い返せば去年の夏に行われたBBQ大会もそういう衛生観念が気になってしまって全然楽しめなかった節があったなと思う。私はそういう「みんなで何かを作って食べる」系のイベントは楽しむのが難しいのかもしれない。

作ったネパールカレーは美味しかった(こちらは火を通しているから安心してたくさん食べた)けど、彼が手で触った野菜を使ったサラダは一口しか食べなかった。

きっと大丈夫なんだろうけど、「もし食中毒になったらどうしよう」と思ってしまい、帰ってからも悶々と鬱々としてしまう。

「はい、手を洗おうね〜」と明るく振る舞って手を洗ってもらえばよかったのだろうけど、それも出来ずことの顛末を見守るしか出来ない私もとても臆病者だ。

誰かのせいにするだけじゃなくって、自分で「今私には何ができる?」と考えて行動することも大事だなと思いました。

「時間がない」を解決するには

時間がない。時間がない。いつも言っているような気がするけど「時間がない」

最近ハンドメイドのインスタグラムを初めてその更新を頑張っているんだけれど、動画の編集はなかなか時間がかかって大変。私はモーニングルーティンをを決めて毎日それに沿って活動しているんだけど、それにプラスして動画編集のルーティンを入れると朝がパンパンになってしまう。何かを入れたら何かを辞めないと行けないんだけれどやり始めたものは続けたい衝動に駆られてしまってなかなかやめることもできない。

朝がだめなら夜にやればいい、と思うけれど夜は夜で体力・気力ともに消耗してしまって何も出来ないんだよね。この夜の時間に何も出来ないのがもったいないなぁと思いつつ休養は大事だし、、、というのが最近の悩み。朝早く起きる???朝早く起きるしか最適解はないのだろうか・・・。