雑踏の中に、私がいる

仕事で使っているほぼ日手帳をパラパラと見ながら素晴らしい一文と出会った。

(前略)でも私はきっと雑踏の中でひとりでいるのが好きなんですよ。私はいっぱい人がいる中の一員であるという状態がいつも欲しいんじゃないかな。---石田ゆり子さん

この文章と出会ったときに、これは私のことを言っていると直感的に思った。そこからしばらくフリーズしてしまい、この文章を何度も何度も染み込ませるように読み返した。

よく人混みが嫌いだという話を聞くけれど、私はそこまで人混みが嫌いではない。むしろ人がいっぱいいた方が自分の自分自身をしっかりと感じられるような気がする。

それはいろんな人がいて、その人との違いを感じることで、自分の輪郭をくっきりと際立たせているようでありながら、雑踏の中に紛れ込むことで、自分自身の存在を透明人間のようにふわりふわりと漂わせているのかもしれない。その他大勢に紛れ込み、景色の一部と化していることがとても心地よい。

この雑踏の中にいることの心地よさをうまく言語化できずにいたけれど、この「雑踏の中で1人でいるのが好き、人がいっぱいいる中での一員と言う状態が欲しい」と言うのは、まさしく私の心のあり方をきちんと目に見える形にしてくれたような一文だと思った。

よく田舎が良いとか、都会が良いとかっていう話になるけれど、私は絶対に都会派である。

都会は人が多くて寂しいと言うけれども、人が多い方が安心する。いつでもどこにでも人がいるけれど、かえって安心知る。

また私は産後、夜中1人で子どもに授乳をしていたけれど、それはもう本当に心細かった。冬ということもあって日が沈むのが早いし、夜が明けるのも遅くこの世界に自分と子どもだけが取り残されたのではないかと毎日思っていた。

そんな時に一筋の光を見つけた。

向かいのアパートの人が夜型人間なのか、夜3時になっても電気がついているのだ。人の気配がする。それを見つけた時にすごくすごく安心したことを覚えている。

向かいのアパートの人の顔や名前は知らないけれど、私はその人にすごく親近感を持った。

私はきっと「1人じゃない」というのがわかる状態が安心できるのだろう。人はいつも1人だけれども、1人では生きていけない。 

雑踏の中にこそ、私は自分を見出すのである。

#100日連続投稿チャレンジ80日目