先日推しの舞台を見に東京に行ってきました。東京はいつ行っても人が多くてびっくりするなぁ。20代後半に東京に3年くらい住んでいた時があったけど、今思うとすごいところに住んでいたと思うよ。
よく「東京は住むところじゃない」と言われれるけど私は結構快適に住んでいたと思う。私にとって東京は住むところとしても好きな街。
夜もずっと明るくて寂しくないし、どこにいっても人がいるから1人じゃないという気持ちになる。うまく人の雑踏に紛れて、確かにそこにいるのにいないような気持ちになれるもの好きだった。透明人間になって街をさまよっているような感じというのだろうか。自分が主役ではなく、景色と化して他の人の目に映っているのが好きだった。
その反面で「こんなに人がたくさんいるのに、友達は1人もいない」という寂しい気持ちにもなったりするけれど。でも東京は華々しくて好きだった。
東京に行って多くの人と接すると「この人たちはいったいどこから来たんだろうという」という不思議な気持ちになる。電車などぎゅっと人が集まったた場所にいると「みんなどこから来ましたか?」とインタビューしてみたくなる。
東京都内に住んでいる人もいるだろうし、東京近郊に住んでいる人もいるだろうし、私のように普段は田舎・東北に住んでいるけど新幹線でビューンと東京に来た人もいるだろう、東北の反対、関西とか九州から来た人もきっといるかもしれない。
みんな自分自身の家があって、そこから朝起きて、服を着替えて、ご飯を食べて今この電車に乗っている。ちゃんと身支度して外に出てこられて本当にえらいと思う。(もちろん私も)
ストレスフルな社会に住んでいて、何もかもめんどくさい!って思ってしまうけれど(風呂キャン界隈っていう言葉もあるし)、ちゃんとみんなそれなりに人間らしい生活を送っているんだなぁと感心する。人の目がある、というのはやっぱりそれなりに自立の側面から見たらプラスに作用するのかもしれない。
今この偶然山手線の車両で居合わせた人、1人1人にも歴史があって、家族があって、大切にしているものがあって、帰る場所がある、と思うと「人類皆兄弟!」という気持ちになってくる。
今は他人かもしれないけど、実はどこかで繋がっているかもしれないし超遠い親戚かも知れない。そう思うと目の前の相手に失礼なことは出来ないな。
私が田舎者でハートフルな気持ちを持っていて世間知らずな人だからかも知れないが、こういう人に対する興味や優しさはいつの時も持っていたいと思う。

#100日連続投稿チャレンジ27日目