楽観的な心配性

昨日の夜、なんだか調子が悪かった。頭痛と身体のだるさ。これはもしかして発熱するかも、そんな体調の悪さだった。

 

子どもが生まれてから身についたことの1つとして「自分の体調の悪さの予兆を感じられるようになった」が挙げられるだろう。子どもは今3歳。他の子どもと比較するのは難しいかもしれないけど、息子は他の人よりは体調を崩しにくいタイプだと思う。

 

とはいえ子どもも月に1回は風邪を引き、顔と顔の距離が近いせいか私もこれまでにたくさん子どもの風邪をもらってきた。子どもの風邪は大人に感染するとどうしてあんなにも牙を剥くのか、という話はさておいて、昨日もなんだか調子が悪かった。

 

「あ〜、昨日街に出たから何かもらってきたのだろうか」とか「今回の熱はどのくらい酷いのだろうか」とか「1ヶ月に2回も熱を出すなんてツイてないな」「明日子どもを保育園に送っていけるのか」「明日の予定、キャンセルすることになるのかな」などなど、ぐるぐると考える私。

 

私は「体調不良=悪いもの・悪」という意味づけをしてしまっているので、体調不良になるとメンタルまでやられてしまう。私が幼い頃、母親に「具合が悪くなったらどうするの?」「大変なことになるよ」と言われ続けたせいもあるだろう。

 

30代に入るころまで私は本当に人より身体が弱いと思っていたし、そんな身体に生まれたことを不幸だと思っていた。しかし、思い返してみると入院したこともないし、風邪以外大きな病気もしたことがない。怪我だって擦り傷以外の縫ったりするような怪我はしたことがない。

 

「もしかしたら私の身体が弱いというのは幻想ではないのか?」そう思うようになり、「私は身体が丈夫だから」とイメージを塗り替えるようになった。それと同時に体調が悪くなっても「そういうこともあるよ」「今は苦しいけど、そのうち楽になるかも」と楽観的に捉えられるようになった。

 

私はすごく心配性で、心配性の総合デパートと揶揄されるような性格だけれども、それと同時に楽観性も持ち合わせられるようになった。たとえ難しい状況にあったとしても、「なんとかなる」「きっとうまくいく」そう思えるようになった。これは私の中ではとても大きくてプラスの変化だ。

 

実際昨日の体調不良も夜にちょっと熱は出たけれど一晩寝たら熱も治まり、予定していたこともキャンセルすることなくこなすことが出来た。今回も「なんとかなった」のだ。

 

心配性でいろいろとマイナスなことをぐるぐると考えてしまうが、「ケ・セラ・セラ、なるようになる」と考えられるようになったのがここ数年の中で一番大きな変化だと思う。視座を少し上げるというか、眼の前のことだけに執着しなくなった。小さなことにカリカリせず、おおらかな人になりたいと思っていたのでこれは良い兆し。

 

楽観的だけど心配性。相反する性格だけど両者の良さを良いとこ取りしていこうと思う。


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